CAが思う、コロナ禍で起きた機内の変化

コロナ禍で人が消えた空港出発ロビーカウンター CAの仕事

安全の理解と一層のプロ意識

一般にエアラインのホスピタリティーが語られる時、次のような環境の特性が考慮されます。
・他人同士が近い距離で寝食を行い、長い時間を過ごす
・文化圏が大きく異なる乗客が同じ空間に居合わせる
・ある乗客に対して、周囲にいる他の乗客の目がある中で対応する必要がある
・利用できる物品の種類や数量が限られている

上空で何らかの問題が発生した場合、対処するのは地上にいる場合よりも格段に難しい。このような環境において、「衛生面の安全」を守るこれまでに無い業務を行うようになったことが、コロナ禍で生まれた最大の変化です。

お客様から見て明らかなように、CAがガウン・マスク・手袋・ゴーグル等を着用するようになりました。食事を包装された状態で提供するようにしたり、サービスを簡素化することによりお客様とCAの接点を減らしたりました。化粧室の清掃手順、ギャレー内の業務手順も従来より細かく定められました。
CA以外の面では、機内の抗菌加工や手を触れずに操作できるドアの開発等、ハード面でも大きな変化がありました。

そして、私の安全に対する理解にも変化がありました。
「人と人が近付くことがリスクになる」ーーこれは人との接点を持つことを職務の大きな要素としてきたCAにとって、茫然と立ち尽くしてしまうような衝撃的な変化です。毎日お客様に向けて小声で搭乗御礼を申し上げながら、「安全とは何か」をこれまでとは違う角度から考えてみざるを得ませんでした。
そして改めて思い至ったのは、「安全とは絶対的なものではなく、私達がリスクをコントロールすることで微妙なバランスの上に成り立たせているのだ」ということ。
機内でコーヒーを作る時、CAはその温度に細かな注意を払います。「火傷を防ぐためにはこの温度で問題ないけれど、温かいお飲み物として提供するにはちょっとぬる過ぎるな」といったシチュエーションがあります。CAにとって「安全を守ること」と「より上質なサービス」の間で起こる永遠のジレンマかも知れません。
航空会社にとって最も安全な選択は、飛行機を飛ばさないこと。
それでも毎日便が運航されるのはなぜか。火傷やカートぶつけによる怪我といったリスクがある中で、食事をお出しするのはなぜか。感染症のリスクがある中で、人が飛行機に乗って人に会いに行くのはなぜか。そんなことを今一度考えました。
そして私が出した答えは、「様々なリスクを承知してもなお、手を伸ばさずにはいられない人類の希望が飛行機に詰まっている」ということでした。

普段何気なく接している業務手順は、先人がリスクを確実にコントロールするために築いた、優れた仕組み。私達がコントロールすべきリスクに衛生面のリスクが加わった今、ウィルスという目に見えぬスレットに対処できる仕組みを作っていかなければなりません。

常に多くのリスクを抱えながら前に進んできた私達だからこそ、プロ意識を持ってそれを成し遂げ、お客様の希望をお支えし続けたいと強く思うようになりました。

多様性に向き合う姿勢

コロナ禍が始まって以来私が感じるのは、日々もたらされる情報の精査が難しく、このパンデミックに対する自分のスタンスを持つことさえ容易ではないということです。ニュースで報じられる情報、周囲の人から入ってくる情報をどのように自分の生活に取り入れていくかは人それぞれ。

それは機内においても感じることであり、お客様方にもCAにも波があります。例えば、マスクに対するスタンスは代表的な物で、頑なにマスクを付けようとしないお客様は依然としていらっしゃいます。CAに話し掛ける時だけマスクを外される方(声が聞こえやすいようにとの配慮でしょう)、「私はもうワクチンを打ったからマスクは要らないのよ」と和やかに微笑む方、そういったお客様を不安そうに見つめるお客様が、同じキャビンに。また、路線によってもコロナウィルス事情は様々です。

これまで機内において多様性を意識する場面というのは、お国柄や宗教による行動様式の違いなど主にサービスに関するものでした。しかし、コロナ禍を通して浮かび上がった多様性は、人の健康という安全面に直結するもの。それに、お客様の見た目からは、お客様がコロナウィルスをどう理解されているのか、どのような思想をお持ちなのか把握できない部分も多くあるため、対応には常に緊張が伴います。

CA同士で会話をしている時にも、当初はお互いのコロナ禍に対するスタンスの違いが感じられました。
国や会社が決めたルールを1人1人が受け止め、スタンスの違いがある中で全員共通の動きとして守り、日々の業務に溶け込ませていったこの1年数ヶ月。それは、1人1人が多様性と向き合う姿勢を育んだ試行錯誤の連続だったと振り返ります。

私自身、「私の行っている感染対策は本当に十分なのかな?」「人出が増えるとどことなく嬉しさを感じてしまうのは、私が航空業界で働いているせいだろうか?」というように、自分自身の固定観念を見つめざるを得ませんでした。多様性の波を遠くから眺めるのではなく、その波の中に自分という存在を置く。この経験は、今後の人生の幅広い場面で活きるものだと思います。

この気付きを機内サービスに活かしていきたいと思いますし、多くのCAの中に多様性に向き合う姿勢が自然と育まれてきたように感じています。

そして、旅の価値に回帰する

アフターコロナにおいても、航空便のビジネス需要が戻ることはないだろう。という言説を至るところで目にします。
しかし、私個人としては、ビジネス需要は戻ってくるような気がしています(楽観的でしょうか)。
これまで安くはない航空運賃を支払って、十数時間を移動に掛けてでも人が人と会うことによって創造されてきた価値が、リモートでたやすく実現できるとは思えないのです。コロナウィルスという足かせを外された時、やはり人は人に会いたいと願うのではないでしょうか。

私がCAになることを考えた時、オフィスワークにはない様々な「実感」がある点に惹かれたことを憶えています。お客様と直接向き合える実感、揺れる機内で体を動かす労働の実感、遠い場所へ移動する実感。
今、乗務する便が減って、機内の仕事にも様々な制約が掛かるようになったことで、改めてそれらの実感が尊くかけがえのないものであることを噛み締めています。
衛生面を懸念してお客様に話し掛けることを躊躇する時には、自由に会話できていた頃の豊かさを思います。微かに屋台の匂いが漂う街を横切る時には、知らない国を訪ねることのできる豊かさを思い、胸が締め付けられます。

リモート技術が進歩し新しく生まれた価値がある一方で、旅することの価値が再認識されたのもまた、このコロナ禍。お客様にもそのようなことをおっしゃる方が時々いらっしゃり、励みになります。
情勢が落ち着いて需要が回復してくる暁には、今までより一層人と人が対面できることの喜びを実感していただけるようなサービスがなされることと思いますし、触覚や嗅覚にアプローチした新しいサービスが導入されるといった変化もあるかも知れません。
そんな素晴らしい未来を徐々につくってゆけることを、楽しみにしています。

空席の機内に窓から差す一筋の光

この記事では、コロナ禍が始まって以来の変化と今後の展望について事実と私見を交えて書きました。今回は機内の変化についてのみ書いて参りましたが、次回は航空業界全体的な変化について記事を作成したいと思っています。

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