「これより、機内の安全について説明します」
いつも安全のビデオを放映し、こんなフレーズが聴こえてくる時、私の気持ちはキュッと締めつけられます。このフレーズは裏を返せば、「機内の危険について説明します」という意味に聞こえるからです。
空のマニュアルは日進月歩
飛行機にお乗りになった時、ほんの少し倒した背もたれを元の位置に戻すよう案内されたり、膝の上に置いた小さなバッグを前の座席の下に収納するよう案内されたことはありませんか。
私はこの仕事に就くまで、「なぜそこまで細かく指示するのだろう」と不思議に感じることもありました。
機内でお客様にご案内しているあらゆるルールは、飛行機の安全性を高めるため、航空法や航空会社のマニュアルで決められています。背もたれを戻して下さらないお客様がお一人でもいれば、飛行機は離陸することが出来ません。
そして、空のマニュアルは、事故や不安全な事象が発生する度にアップデートされ、日々進化しています。
CAのアナウンスの文言に、前回搭乗した時にはなかった注意喚起が加わっている。ー
そういった場合、機内で何か不安全な事象が起き、再発防止のためにマニュアルが見直された結果であることがあります。
全てのお客様が着席するまで飛行機は動き出さない
操縦士をコックピットに1人きりにしてはいけない
到着後、手荷物受け取り所から到着ゲートに戻ることは出来ない ……
こういった種々の決まりの背景には、その決まりが生まれるきっかけとなった出来事があるのです。
マニュアル・規程類の運用や改訂は、ICAO(国際民間航空機関)、IATA(国際航空運送協会)といった国際機関や、航空機メーカー、国土交通省航空局、定期航空協会、航空会社などが連携を取って進めています。
最近の話題ですと、2020年4月に「衝撃に備える姿勢」が新しくなりました。
以前は、前の座席にもたれるような姿勢でしたが、今は頭の後ろに手を置き前傾を取る姿勢になっています。座席ポケットに入っている「安全のしおり」やビデオの内容も、それに合わせて変更されました。
もしご存じでなければ、リンクを用意しましたのでこの機会にご覧になってみてはいかがでしょうか。
緊急時の衝撃防止姿勢について(国交省サイト):
https://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk10_000053.html
安全の最後の砦は、人
空の現場で働いていると、「最後の砦」という言葉をよく耳にします。現場では、重要な項目であればある程、幾重にもチェックする場が設けられていますが、そのラストの局面を「最後の砦」と呼ぶのです。
例えば、出発ロビーでもしもチェックインや手荷物預かりの方法にミスがあった場合、それを最後に確認出来るのは、搭乗ゲート業務です。搭乗ゲートの係員は、「最後の砦」の意識を持って現場に立っています。機内においては、非常用アイテムの出発前チェック、アレルギーをお持ちのお客様に食事や飲み物を提供する直前のミールチェックなどが「最後の砦」です。
私は、人こそが常に「最後の砦」だと考えています。過去の教訓や日々の気付きを現在・未来に繋げていけるのは、人だからです。また、どんなに優れたシステムやマニュアルがあったとしても、安全を守り抜こうとする人の意志がなければそれらは有効に機能しないからです。ミスや不具合が見つかるきっかけは、「いつもと何かが違う……」という些細な違和感であることもあります。
以前、私の後輩がこう話していました。「自分という人間の持つ全ての力を活かして、この仕事を全うしたい」。
頭と心と体。その全てを活かすことで、空の安全性は高まってゆきます。
航空会社の職場には、神棚が設けられていることが多くあります。安全を願い、羽田神社や成田山のお札が祀られているのです。
神様、仏様へのお祈りーそれは人が安全を守るために出来る全てを尽くした後の、最後の仕上げだと言えるでしょう。
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