「ご着席いただき、シートベルトをお締め下さい」
この文章を読んで何か感じられませんか。最近、このような敬語表現を公式な文章でもよく目にするようになりました。
これが飛行機の中で、CAである「私」から「お客様」に向けて発されたとします。
「ご着席いただき」の主語は何でしょう。答えは「私」です。
主語を含めて書くと、「私はお客様にご着席いただき」となります。
では、「シートベルトをお締め下さい」の主語は何でしょうか。「お客様」です。
主語を含めて書くと、「お客様はシートベルトをお締め下さい」となりますよね。
つまり、「ご着席いただき、シートベルトをお締め下さい」は、お客様に向けて依頼を行う一文でありながら、「私」が主語として紛れ込んでいるので、本来誤った表現です。
私なら、主語を「お客様」に統一し次のように表現します。
「ご着席になり、シートベルトをお締め下さい」
「ご着席なさり、シートベルトをお締め下さい」
「着席されて、シートベルトをお締め下さい」
「ご着席の上、シートベルトをお締め下さい」
もしくは、主語を「私」に統一し次のように表現します。
「ご着席いただき、シートベルトをお締めいただけますか」
いかがでしょう。こうした方が自然な日本語に聞こえませんか。
もう一つ、誤った文章の例を挙げますね。
「お客様がくつろいでいただければ幸いです」
もうお分かりかと思いますが、この文章も主語が混乱しています。
「お客様が」を「お客様に」に直し、「お客様にくつろいでいただければ幸いです」とすると正しい表現になります。
もしくは、「お客様がくつろいで下されば幸いです」という表現も可能です。
2つ例を挙げましたが、「いただく」を使いそうになった時のポイントは、主語が誰なのかを考えることだと思います。「いただく」は「私」が謙る謙譲語です。相手が主語となる文章では使用しないようにしましょう。
ここまで色々と書いて参りましたが、言葉は誤用に誤用を重ね、現代の形になりました。誤用にこそ、その時代を生きた人の感性が表れるような気がします。
昨今「いただく」がこれ程濫用されるのは、他人が何かを「下さる」ことが少なくなって、自分が確実に「いただく」必要が出てきている、そんな余裕のない時代の表れなのかもしれません。
世知辛いものですね。
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