日本のサービスの背後に存在する「茶道」という文化

抹茶を点てる着物姿の女 CAの仕事

世界のエアラインの中で、アジアのエアラインはイメージのアピールの仕方が独特だと思います。例えば、ドバイのエミレーツ航空はファッショナブル、美といったキーワードが思い浮かぶ個性的なイメージを打ち出していますが、アジアの場合はそれともまた違います。見た目以上に内面のイメージをアピールしているのが特徴ではないでしょうか。中でも日本のエアラインの持つ精神性は、どこから湧いてきたのかな? と思う程色濃いものです。

私はこの背後に茶道が存在していると思います。
CAとして働いていると、「これって茶道みたいだな」と思うことがよくあるのです。(茶道と比べるのはおこがましいかもしれませんが……)

実際に、日系エアラインにはお茶を習っているCAが多く存在します。
本当に茶室から機内に場所を移すような感じで、脈々とその精神性が形作られてきたのでしょう。

というわけで、今日は茶道日本の機内サービスの共通点を考えられるだけ考えてみました。

客を想い「しつらえる」という準備

茶席に客を招く時、亭主はその日の天候や季節を勘案しながら、「どんなお茶碗、お道具を使おうかな」、「床(とこ)には何の花を生けようかな」と考えます。客に向けたメッセージを込めて、掛け軸を選びます。心を込めてお掃除をし、客を迎える準備をします。

CAの場合、飛行機に乗り込む前から、どんなお客様がいらっしゃるか便の特性(ビジネス路線orプレジャー路線、曜日、時間帯など)を確認し、個別のお客様情報を入手し、サービスのプランを準備します。その日の献立の中でお客様にお伝え出来るような季節感のある食材はどれか確認したり、冬の札幌線であれば、「防寒着やお土産物で物入れのスペースが不足するかもしれないな」と想像したりもします。飛行機に乗り込んだならば、お席が乱れていないか、お化粧室は清潔か……機内のしつらえを整え、お客様を迎える準備をします。

お客様のことを想い浮かべ、入念に準備をするという点が共通していると思いませんか。

安全に過ごすための作法

茶道の作法には、安全の理にかなっている動きが多くあります。それぞれの作法が、茶会に潜むやけどや飲み物こぼしのリスクを減らしているのです。

例えば、お釜の蓋。火に掛けられているうちに大変熱くなりますが、それを外す際に袱紗(ふくさ)を使うことで、やけどを防ぎます。
また、道具を扱う際の手の置き所、指の遣い方を作法通りにすれば、お茶碗を床に落としたり、お湯をこぼしたりするリスクを回避出来るようになっています。

これは機内で「◯◯OK!」と指で差しながら声に出すことや、お席の上の物入れの蓋が閉まっていることを手で押しながら確認することに通じるのではないでしょうか。一定の所作を毎回律儀に繰り返すことで、リスクを摘み取っているのです。

気持ちを伝えるための作法

茶道では、お辞儀やお道具に「真」「行」「草」という種類があります。
お辞儀だと、真、行、草の順に角度が浅くなります。それぞれ、茶会の最初には真のお辞儀、お菓子を受け取る時には行のお辞儀、といった具合に使い分けられます。

機内に限った話でもありませんが、一般的にお辞儀に3つの段階があって「最敬礼」「敬礼」「会釈」と呼ばれ使い分けられていることと似ていますよね。

お茶碗を差し上げる時には、茶碗の正面の絵柄を客に向けるようにします。これは、機内でカップの正面をお客様に向けてお渡しする場面に通じています。

茶道では、正座をしてお菓子をいただく時に、お菓子を持つ位置が高過ぎるとむさぼっているように見え、低過ぎるとお菓子が美味しくなさそうに見えるため、ちょうどよい高さで持つことになっています。
「軽い物は重く、重い物は軽く扱う」という教えもあり、茶杓(お茶の粉をすくう小さな匙)のような軽い物程、重そうに扱うことで、それが大切な道具であることを表現します。
機内でも、紙のカップは大変軽い物ですが、重い物のように扱い、テーブルに置いた時にもゆっくりと手を離すことで、一杯の飲み物を大切に作っていることを表現します。
エコノミークラスで食事を出す時には、カートの一番下のトレイから順番に取り出します。これは、最後のお客様がいかにも残り物のトレイを下から差し出されたという感じを受けないようにする工夫です。
同じ物を扱うにしても、より相手が良い気持ちでいられるようにとの考え方がここにあります。

機内の作法は茶道の作法程細かく決められているわけではありませんが、「相手がどう思うかを想像する」、「こちらの心を行動で表現する」という姿勢が共通しています。

「今日が最後」という一期一会の覚悟

昔、戦国武将は「明日命を落とすかもしれない」という思いと共に、小さな茶室に身を寄せ合い、お茶の時間を共有しました。その考えが今も受け継がれているため、茶道においては、たとえお友達を招く場合であっても「今日のお茶は一生に一度きり」という、いわゆる一期一会の緊張感を持ってお茶を飲みます。

機内においても、今日のお客様とは二度と会えないかもしれない(たいていの場合本当に会えませんが)という気持ちで、限られた時間を大切にしようと考えるCAが多くいます。

マニュアルをなぞるだけではない「働き」

茶道の作法と言えば、畳を歩く時の歩数、お茶碗を回す方向……おびただしい種類の決まりがありますが、その一方で臨機応変に対応することもヨシとされており、これを「働き」と呼びます。

「柴舟(しばふね)」というお菓子があります。本来であれば船の形を表現したお菓子ですが、急遽お茶会のテーマを「月」に変更することになった時、「柴舟」を月影に見立ててアレンジしてもよいのです。
あるいは、自分や他の人が作法を誤ってしまった時、何事もなかったかのように振る舞うことも「働き」です。
細かい作法に気を取られてハラハラ・オドオドとするよりも、どっしり構えた方が亭主も客も良い気持ちで過ごせるという考えがあるためです。

機内を覗いてみますと、お客様のニーズに応じて献立をアレンジしたり、限られた物品で便利グッズを作ったりします。寒い時、ペットボトルにお湯を入れて湯たんぽを作るなど、CAのアイデア次第です。
映画『ハッピーフライト』では、デザートを駄目にしてしまったCAが、寄せ集めの材料でタルトタタンを作るシーンもありました(あれ程思い切ったアレンジはなかなか難しいように思いますが)。

言葉遣いにしても、マニュアルに定められた言葉遣いにこだわらず、相手に伝わりやすい言葉と思う言葉を遣ってよいのです。

単にマニュアルをなぞるのではなく、本質を押さえながら、目の前のお客様のために何がベストかを考えて動く。そんな「働き」が機内にもあります。

魚をモチーフにしたお茶菓子

有事の時こそ試される技量

長年お茶をされている方でも、思わぬ失敗をしたり、ハプニングに遭遇したりするそうです。
お茶の粉を畳の上にこぼしてしまう、点てたお茶が苦過ぎてお客様の口に合わない、お湯を汲んだ柄杓の先が取れてしまう、立ち上がった時にバランスを崩して転倒してしまう、お作法をド忘れしてしまうなど……。
しかし、普段からお稽古をし付けている人程、そんな場合にも落ち着いて対処されるのだそうです。師匠の域になると、失敗だったことを忘れてしまう程鮮やかにリカバリーされるのだとか。

私はこの話を聞いた時、自分の未熟さにムチを打ちたい思いに駆られました。
ちょうどその頃、自分ではCAの仕事に慣れてきたつもりでいましたが、いざお客様のトラブルや便の運航不順が発生した時うまく対応出来ないなと感じていたのです。
仕事に慣れてきたなんてとんでもないことで、有事の時こそ力を発揮出来るよう修行を積まなければならないと反省しました。

ANA・JALで導入されている茶道の教え

最後に、航空各社でこんな事例がありますよというお話を紹介したいと思います。

ANAは訓練施設に「和協庵」という茶室を有しCAの訓練を行っています。特徴的なのは、畳の一部が掘り下げられ、正座の出来ない方でも着席出来るデザインになっている点です。
海外基地のCAが訓練を受けることを想定して設計されたのかもしれませんが、日本にも正座の苦手な方はいますから、現代に合ったユニバーサルな作りになっていると思います。

JALは、CAの訓練に「利休七則」の教えを取り入れています。かの千利休が弟子から「茶の湯とはどんなものですか」と尋ねられた時に答えた7つの基本であり、利休自身さえその七則を実践出来てはいないと説いたそうです。それくらい奥が深いということですね。

「茶は服のよきように、炭は湯の沸くように、夏は涼しく冬は暖かに、花は野にあるように、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ」というのがその内容です。詳しい意味は割愛しますが、いかにもサービスに活きそうな教えです。

私が最も好きなのは「花は野にあるように」です。これは「野原にあるがままの姿で花を活けなさい」という意味ではなく、「その花が野原を呼び起こすように活けなさい」という意味です。
機内の備品は地上に比べると少なく、湿度や気圧も十分ではありません。そんな環境で十分な満足感を得ていただくために何が出来るか、考えさせられる言葉です。

おわりに

日本の機内サービスに表れている精神性。その背景に茶道という伝統文化があるということを感じていただけましたでしょうか。

ここまで共通点を紹介して参りましたが、CAとして働きながら「これは茶道と違うな」と感じることがあります。
それは、茶道だと亭主だけでなく客も心得を持った上で出席するわけですが、飛行機は公共交通機関なので実に様々なお客様がいらっしゃるということです。

客が作法を心得て、亭主に力添えして茶会はつつがなく進行されますが、機内のお客様にそれを求めるのはお門違いというものです。
お客様がどんなサービスを好むのか、あるいは全くこだわらないのか……CAは事前情報がない限りその場で判断し試行錯誤するしかありません。いくら美しいと思うサービスを披露したとしても、お客様がそれを不快に感じたら押しつけにしかなりません。
あらゆるお客様に良い気持ちで過ごしていただけるよう、常に「働き」を働かせる。時にはお客様の気持ちをコントロールすることで、安全なフライトの成功に協力していただく必要もあるでしょう。
そこがCA業の難しさであり醍醐味だと思います。

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